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11月 24, 2009 -    1 Comment

アンジュール

unjour.jpg
文字のない絵本。車から放り出されて捨てられた犬の放浪物語。胸が締め付けられる。いったいどんな人が描いたんだろうと、カバーの裏を見ると、なんと女性で、優しそうな美しい人です。2000年に亡くなっています。これから彼女の軌跡を追うことになると思います。ありがとう、ガブリエル・バンサン。

11月 23, 2009 -    1 Comment

Someday

someday.jpg
間違って買った alison mcghee の英語の絵本。母親が生まれたばかりの娘に、「いつか・・・」「いつか・・・」と語って聞かせる。成長し、家を出て、子供ができる。最後のページは。「いつか、今から永いときが経ったとき、あなたの髪が太陽に白く輝くとき」「そしてその時が来たら、あなたは私を思い出すでしょう・・・」

9月 6, 2009 -    コメントは受け付けていません。

仕事するのにオフィスはいらない

shigotosurunoni.jpgノマドワーキングのすすめ
佐々木俊尚
光文社新書(2009)
ノマドとは遊牧民のことで、フリーランサーを指す。どうやら周期的にブームがくるようで、私がSOHOの名前を知ったのは95年の「インターネットマガジン」の特集でした。その後、2001年にダニエル・ピンクの「フリー・エージェント社会の到来」が出ました。それ以降のインフラの発展と、不況のせいで、再び見直されているみたいです。
実際にデジタル・ツールを使ってフリーで仕事をされている方々の紹介、フリーランサーであることへの注意点、ツールの紹介、関連する古典の紹介、のような内容です。
ツールの章で、「mind42」など役立つツールの紹介と第6章で、黒川紀章、ドゥルーズ、ガタリ、アタリの未来に対する予言のあたりが面白かったです。
ピンクの著書にもありましたが、わずか100年前はみんなが自分の家を拠点にして、自分の腕一本で生きていた。現在の企業中心の満員電車で1カ所に集まって時間を拘束され、一生を会社に面倒を見てもらうような社会は一時的な現象である、ということです。
気になったのはウェブでサービスを提供するアプリを「クラウド」と呼んでいること。実際にクラウドで実現されているかどうかは、サービス内容とはまた別の話だと思います。

8月 21, 2009 -    コメントは受け付けていません。

FXメタトレーダーで儲けるスーパー投資術

super-toushijyutsu.jpgしろふくろう(2009)
日本実業出版社
前半はメタトレーダーの説明、後半は独自のテクニカル分析の説明です。秘伝と言うことだったのですが、実際にプログラムを作ってやってみると、これも微増程度。それからフィボナッチの応用には違和感を覚える。だって適用する前に、人間がグラフ上の数点を選ぶんでしょ?選んだ時点で、既に上りか下りか暗黙のうちに決めていることになると思うのですが。それからインジケーターもEAもソースが公開されていないのは残念です。

8月 21, 2009 -    コメントは受け付けていません。

FX自動売買ロボット作成マニュアル

jidoubaibai-robot.jpg山口孝志・伊藤善行(2009)
C&R研究所
FX取引の初心者のために、簡単な説明と心得があります。前半はメタトレーダーやインジケーターの使い方、後半はプログラミングです。
サンプルの売買ロボットは、トレール注文も入って、「FX メタトレーダー入門」よりは少し実用的なサンプルです。
残念なことに、サンプルプログラムに間違いが多いです。正誤表をダウンロードして必ず確認してください。
それから「FX会社の自動売買機能を凌駕」「年利1000%も夢ではない」と勇ましい言葉が並びますが、実際にやってみると、トータルで微増程度でした。

8月 21, 2009 -    コメントは受け付けていません。

FX メタトレーダー入門

fx-metatrader-nyumon.jpg豊嶋久道(2007)
パンローリング株式会社
メタトレーダー・プログラミングと、テクニカル分析についての入門書。最初に読むべき1冊だと思います。
Amazonのメタトレーダー関連の書籍の売り上げ1位です。
ただあくまで入門書なので、サンプルプログラムはあくまで参考程度。エラー処理はないし、トレール注文のインプリもない。
テクニカル分析についても、独自のノウハウを公開しているわけはなく、あくまで各指標の一般論です。
ですが入門書としてのバランスはとれています。
巻末の簡単なリファレンスは今でも参考にしています。

7月 20, 2009 -    4 Comments

「最後のユニコーン」

TheLastUnicornAndTwoHearts.jpg
TheLastUnicorn.jpg日曜日に書店で見つけて、懐かしさのあまり、買ってしまいました。ピーター・S・ビーグルが68年に書いたファンタジーで、今回出版されたのは、2005年に書かれた続編(後日談)を加えたもの。実は30年以上前に、一度購入して、積ん読になっていたものです。たしか晶文社だったと思います。
ファンタジーはもう卒業したと思っていたのですが、最初のページで一気に引き込まれました。
「そのユニコーンはライラックの森に住んでいた。雌で、仲間はなく、ひとりで暮らしていた。
そして、かなりの齢を重ねていた。もっとも自分では、そのことに気づいていなかった。
海の泡のような何色ともつかない色合いだった体は、いまでは月夜に舞い落ちる雪のように真っ白だ。
しかし、瞳は澄んで活力に満ち、身の軽さも鈍っていない。
海面をよぎる影のように、目にもとまらぬ速さで動くことができる。」
今でもストーリーが頭の中でぐるぐる回っています。いとおしい登場人物たち。アルマシアとリーア、シュメンドリックとモリー、そしてユニコーン。忘れ得ぬ1冊となりました。
ビーグルはパロディだと言っているようですが、私には、失われていく伝説へのオマージュに思えます。そして、不死のユニコーンが死すべき運命となり、再び不死となることの意味には深いものがあるように感じます。
何にもまして、そのストーリーテリングの巧みさに、物語にぐいぐいと引き込まれ、いつともしれぬ不思議な時代設定の中で途中で読むのをやめることは不可能になります。
このストーリーは1度アニメ化され、音楽を我が尊敬するJimmy Webbが主題歌をAmericaが歌っています。アニメはドイツの映画なのですが、実際はジブリが作ったと、どこかで読んだ覚えがあります。ストーリーを読んだ後で、サントラを聴くと感動もまたひとしおです。DVD化は残念ながら未だのようです。

3月 27, 2009 -    コメントは受け付けていません。

愛と癒しのコミュ二オン

image_Chen_20090326.jpg鈴木秀子
文春文庫(1999)
中心になるのは、あくまでも話し手の歩みである。暗闇の中に一人立って、不安を抱えている話し手のそばにいて、目が慣れ、霧が晴れて、道が見えるようになるまで、一緒に歩んでいくのが聞き手の役割だ。
人は誰でも、「唯一の根源的欲求」からあらゆる行動をする、といわれている。唯一の根源的欲求とは、「自分の存在が他者から理解され、認められ、受け入れられ、できれば高く評価され、大切にされたい。と同時に、自分自身もまた自分がよい人間だと思えるような、他の人に役立つ存在でありたいという希求」だ。
気分があまりに落ち込んだり、怒りが大きすぎ、相手が嫌で嫌でたまらない時には、最後の手段がある。それは、ひとり静かな時間を持ち、心が穏やかになった時、”自分にとって縁の深いこの人と死別したり、もう会えなくなったとしたら、得るものは何だろうか、失うものは何だろうか”と考えてみることだ。どんなに嫌に見える人でも、もしその相手が突然、交通事故で死んだとしたら、どんな思いを抱くかを考えるのだ。
通夜の席で、自分にとって大切な、いま世を去った人を悪くいう人はおそらくいないだろう。死を思う時、人はこの世の利害を超えて、自分の心の温かいところに入っていくものである。
①「あなたは愛されています。大切な、かけがいのない尊い存在として、あなたは深く愛されています」
②「あなたは許されています。あなたが公開や自己嫌悪で自分を苦しめている時も、あなたは許され、温かく見守られています」
③「あなたには価値があります。たとえ自分には何もできず、何の価値もないと思っていても、あなたには生きている価値があります」
他者は変えることはできない。過去も変えることはできない。変えることができるのは自分自身と、自分のものの見方だけなのだ。

3月 1, 2009 -    コメントは受け付けていません。

ドイツ人神父さんと犬

鈴木秀子著、「愛と癒しのコミュニオン」より。「イヌネコにしか心を開けない人たち」の香山リカに読ませたい文章です。
歳をとったドイツ人の神父さんに、「どうして神父さんになったのですか?」と聞いたことがあった。彼は長身の背を伸ばし、細面の顔を仰向け、はるかな遠い故郷を眺めているような柔らかいまなざしで、こんな話をしてくれた。
彼はドイツの田舎で生まれた。家は教育関係者を輩出している名門だった。優秀な兄がいた。あまり出来の良くなかった彼は、いつも兄と比較され、「もっとがんばりなさい」といわれた。
小学校五年の夏休み前。終業式の帰り道、もらったばかりの通信簿を鞄から出し、おそるおそる開いて見ると、落第点がいっぱいついている。そのうえ、親への呼び出し状が同封されている。足取りは重くなり、家に入るのもためらわれた。
その時、かわいがっている犬が飛んできた。よろこんでしっぽを振っている犬を見て、少年は家に入らず、近くの野原に向かった。野原の真ん中に座り込むと、犬もそばにきて座り、少年の顔をじっと見上げている。全神経を少年に集中して座っているのだ。
少年は犬を抱きしめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「ぼくはお兄ちゃんみたいに頭も良くないし、どんなにがんばっても勉強ができないんだ。村で有名なうちに生まれて『将来、人のためになるんだぞ』といわれつづけているのに」
犬は、ひたすら「世の中にこの少年しかいない」という目で見つめている。
「本当につらいんだ。先生にしかられて、『ご両親にこの手紙を渡しなさい』といわれて。お兄ちゃんみたいになりたいんだけど、できないんだ。お父さんもお母さんもわかってくれない。わかってくれるのはお前だけだよね」
「やってもできないことがどんなにつらいか、わかるよね。一生懸命がんばったのに、お母さんに叱られたり、『もっとやらなきゃ』といわれるんだ」
犬はじっと聞いている。少年は胸の内の、ありったけを話し続けた。そうしているうちに、何か胸がすうっとしてきて、もやもやが晴れてくるのだ。
彼は犬を連れて、山一つ超えたところにある湖にピクニックに出かけるのが大好きだった。その湖は霧に覆われていることが多かった。しかし時に、湖上を覆う淡い灰色と蒼色の解け合った雲に、明るい太陽の光が射し込み、霧雲がさっと開けて、突然、美しい湖面が全貌を表すことがある。それは一瞬前とまったく違った光景である。大地から湧き出し、どこをも薄暗さで覆ってしまうような、もやもやとした霧はあとかたもなく消えてしまっているのだ。同じ地点に立っているとは信じられない。
ついさっきまで湿った霧に包まれ、視界ゼロに近い状態だったのに、霧が晴れあがったとたん、まったく違った世界が開けているのだ。明るい太陽の下で、青空と湖は呼応し合い、湖の周りの樹木は、静かに水面に姿を映し、木々の枝をそよ風が渡っていく。調和と安らぎに満ちている。
少年は、犬に心の内をすっかり聞いてもらうと、ちょうど晴れた湖のかたわらに立ち、湖の静けさに包まれているような感じを味わった。そして、今度こそがんばろうと、明るく家路につけるのであった。
こんなに自分のことをわかってくれる者がいる。勉強ができるとかできないに関係なく、自分に対してこんなに忠誠と愛情を注ぎ、この世界で一番大事な存在として扱ってくれる。
少年は、突然、天啓を受けたような感じを味わった。自分の中に力が満ち、動かしがたい確信が、丹田にしっかり位置を占めたのを知った。
「神様は自分を、こういうふうに見ていてくださる」
それは少年なりの神体験だった。そして、一つの考えが自分の全身を貫き通すのを感じた。
「自分と同じように悩んでいる人に、神様がこんなに愛してくれていることを伝えるのが自分の使命ではないか」
こうして、少年は司祭の道を選び。終戦直後の荒れ果てた日本にきて、苦しむ人を助ける道を選んだのであった。
神父さんは繰り返し語っていた。
「あの時、自分の犬が全身全霊を傾けて聞いてくれ、苦しんでいる私と共にいてくれました。その犬に自分の気持ちを全部話してしまうと、不思議と、自分は自分であっていいと思えるようになり、気持ちが楽になったのです。そして、勉強ができなくて悔しいのが自分だ、お母さんに成績表や先生からの手紙を渡さなければならないことを悲しんでいるのが自分だ、お父さんに叱られるのが怖い、それが自分だ、兄さんと比べられるといじけてしまう、それが自分だと、私はいつもは嫌いな自分をも、その時、なんだかいとおしく受け入れられたのでした。そして子どもなりに、自分は自分であっていいと、アイデンティティが確立したような気がします。私はその体験を通して、神様の愛とはどんなものかを知ったのです」
「愛とは全身全霊を傾けて聞くこと、受け入れることに尽きる、つまりその人と共に一致して存在すること、それが愛」
これが神父さんの信条だった。

2月 18, 2009 - ,    2 Comments

図書館ねこ デューイ

dewey.jpgヴィッキー・マイロン
早川書房(2008)
週末に「デューイ」を読み終えました。昨年、書店で偶然手に取って、衝動的に買ってしまいました。
感動的だったことは確かですが、どうしても最後は、デューイの死で終わる。
それも安楽死なんですよね。
前に読んだ「あたしの一生」というノンフィクションも安楽死だったし、
アメリカでは一般的なのですかね?
私の実家の2匹の猫は、どちらも両親の腕の中で亡くなりました。
老衰だと思いますが、私はこういうのが理想です。
デューイの物語であるのですが、同時に作者の自伝でもあるし、アイオワの町スペンサーの歴史でもあります。
図書館も時代とともに変遷し、地域のニーズを満たしている存在であることには、少し驚きました。
作者のヴィッキー・マイロンは、不幸の連続で、弟をガンで亡くし、兄は自殺し、
24歳で子宮と卵巣を摘出され、シングルマザーで娘を育て、32歳で大学を首席で卒業したという、
ものすごい頑張り屋です。
人生では、何か起こるもの。大事なのはそのときに、「大丈夫」って言ってくれて抱きしめてくれる人がいるかどうか、
マイロンは言います。マイロン家の絆の強さは感動的ですが、デューイがその役割を果たしたことも多かったようです。
デューイの遺灰は、我が家だった図書館の庭に眠っています。大好きだったネズミのおもちゃと共に・・・。
18歳だったそうです。
有名であろうがなかろうが、多くの人に愛されたかどうかではなく、単に目の前の小さな命を大切にすることが大事だと思います。
そういう小さな命と過ごす、何気ない時間が実は最も幸福なときなのだと強く感じます。

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