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2月 12, 2008 -    コメントは受け付けていません。

ついにロッド・ジョンソンの大作を・・・

expertonetoone.jpgお仕事の関係で、ついにロッド・ジョンソンの「J2EE システムデザイン」を読もうと決心しました。
名著だということは、いろいろな人が言っていて、何年か前にJavaのお仕事をした時に、客先のKさんが強く勧めていたのです。
そのときには、J2EEでなかったことと、その分厚さ(800ページ)に怖気づいて、積読になったのですが、昨日、アットマークITのSpringの解説で、必読だと書いてあったことから、棚の奥の段ボールから引っ張り出して挑戦!
まだ1割も読んでいませんが、案の定「もっと早く読んでおくべきだった」と後悔することしきり。
HOW TOよりも、HOW NOT TOの方が量が多くて貴重だという感触です。
懸念は、少し(大分?)古いことでしょうか?
初版が2003年、本を買ったのは、2005年だったと思います。
他にも、Springの本と、J2EEアンチパターンの本を注文して、待っているところです。

1月 31, 2008 -    コメントは受け付けていません。

EJB 3.0 プログラミング

ejb30programming.jpg山田和夫
ソフトバンク クリエイティブ株式会社(2006)
去年買って、積読になっていた本です。次のお仕事に使うかも知れないということで予習しています。
EJBは敷居が高いと思っていた私にとって、3.0の登場は、福音となるかもしれません。
山田さんは、前書きで、そのメリットを力説する。
「彼ら(Web層を中心としたベンダー)は多くの場合PHPなどの簡便なスクリプト言語を使用したり、Web層のコンテナであるTomcatとJDBCを使って動的なサイトを構築していた。たいていはEJBを利用するメリットがないと判断されていたようだ。
 EJB 3.0は、そんな彼らにとっても福音となることは間違いないと確信する。なぜなら、ロジックとデータベースの物理設計が同時にコードにかけるアノテーションを使うと、1人で何役もこなさなければならない小規模案件にも強い機動力を与えることになるからだ。」
「これまでは、『分散しないのであればEJBでなくても』という論調をよく目にしたが、これからはEJBを使いたいがために、分散しなくてもEJBを使うというケースも出てくるだろう。」
「本書は、2.1までのEJBを使って内心うんざりしていた開発者、従来からWeb開発を行ってきたがEJBは敬遠していた開発者を対象として、EJB3.0の新しい部分を紹介する内容になっている。」
ここまで書かれたら、読むしかないです。
現在、1/4ほど読みましたが、なんとか理解はしているが、腑に落ちていない、といった状況。
サンプルのコードは非常に簡単なコードですが、複雑なアプリはどんな感じになるのか、想像するとちょっと怖いですが。
リファレンスを除いては、週末前になんとか読み切ります。

1月 29, 2008 -    コメントは受け付けていません。

生物と無生物のあいだ

seibutsuto.jpg福岡伸一さんのベストセラー。
少し前から、書店に平積みになっているのを知っていて、興味をひかれていたのですが、読む時間がないということで、あえて、無視していました。
それが、先週の日曜に、NHK-FMの「トーキング・ウィズ・松尾堂」で福岡さんがゲストに出演されて、めちゃくちゃ好奇心を刺激するお話をされたので、番組が終わるのを待たずに、書店に直行、すぐに読み始めました。
いやあ、面白かった。知的好奇心をいっぱいに刺激されました。
タイトルは、「生物と無生物のあいだ」で、これが、テーマとして背景に流れてはいるのですけれど、全編にわたってこのテーマに絞って講釈するのではなく、それを含んだ広い話題を扱った、エッセイ集です。
「生命とは動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)にある流れである」
人間の体を構成する分子は、1年前とはすでにすべてが入れ替わっているという。
人間は単なる静的な物体ではないということです。
「生命とは、テレビのような機械(メカニズム)ではない。」
「私たちは遺伝子を一つ失ったマウスに何事も起こらなかったことに落胆するのではなく、何事も起こらなかったことに驚愕すべきなのである。動的な平衡がもつ、やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさにこそ感嘆すべきなのだ。
結局、私たちが明らかにできたことは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。」
エピローグの福岡さんの少年時代の思い出が、とてもロマンチックで心に残ります。
新書で、読み終わって取っておきたいという本は数えるほどしかないのですが、この本は、本棚のスペースをあけて、いつでも読めるようにしておきたいと思います。

1月 27, 2008 -    コメントは受け付けていません。

Macで作った写真集2冊



フーちゃんの写真集のスライドショー




アルゼンチン1982年の写真集のスライドショー

1月 11, 2008 -    コメントは受け付けていません。

7つの習慣 最優先事項(その3)

第二領域時間管理の威力
1.やろうとしていることがミッションに結びついているかどうかを考える—それによって、人生の重要事項を知ることができ、心の中に燃えている「イエス」を引き出すことができる。その「イエス」は情熱とエネルギーを生み出し、「重要度」の低いことに対して「ノー」という力を与えてくれる。
2.役割を見直す—それによって、各役割同士のつながりが見え、相乗効果的な方法を再確認できる。
3.目標を確認する—それによって、ミッション達成に向かって、毎週自分の役割の中で最も重要なことは何なのかを見すえ、生活の質を高める原則に基づいた目標を設定することができる。
4.週の予定を組み立てる—それによって、「大きな石(第二領域の目標)」を最優先して入れ、その周りにそれ以外のものを入れることができるようになる。
5.誠実さを行使する—それによって、刺激と反応の間のスペースで冷静に考えることができるようになる。また、選択の瞬間において、誠実さを持って重要事項を実行できるようになる。
6.評価する—それによって、一週間を「人生から学ぶ」上向き螺旋の成長状態に変えることができる。
以上のことを実践していけば、従来の「より多くのものを、より少ない時間で行う」やり方ではなく、「重要事項を、バランスよく相乗効果を発揮しながら行う」方法へと、パラダイムを変更できるようになる。それが、「生きること、愛すること、学ぶこと、貢献すること」に対する総合的なアプローチとなるのである。
ほとんどの人は、眼を覚ましている時間の大部分を他人と接すること(あるいは悪化した人間関係を修復すること)に費やしている。効果的な相互依存とは、結局、時間管理の問題なのである。しかし、従来の時間管理方法は、相互依存の問題を扱っていないか、扱っていたとしてもそれを取り引きと見なしてしまっている。
この取引的な相互依存は、人間を機械的・支配的に「もの」のように扱うパラダイムから生まれたアプローチである。つまり、「人」とは「より多くのことをこなすために自分の仕事を押し付けてしまえるもの」であったり、「できるだけ早く本来のスケジュールに戻れるよう簡単に処理されるべき邪魔なもの」と見なされているのだ。
しかし、第二領域時間管理における相互依存は取引的ではなく、変容的である。それは、周りの人々を劇的に変えてしまうものだ。それは、個々人の独自性・能力・想像力を活かし、相乗効果的な第三案の可能性を考慮に入れている。
第二領域時間管理における相互依存とは、スケジュールよりも人を優先することで人間関係を豊かにし、周りの人と一緒に新しいものを創造することである。それは、究極的な「エンパワーメント」といえるもので、多くの人のエネルギーと能力を相乗効果的に組み合わせることによって、創造性・能力・生産性を急激に伸ばせるものである。
従来の時間管理法は、監督・管理することに焦点をあわせており、それは「人」を「もの」に格下げする考え方である。従来の時間管理法で考える人は、組み立て、計画し、優先順位を決め、自分を鍛え、コントロールするために、最後には自分自身さえも効率化するようになる。
しかし、第二領域時間管理のパラダイムは、「人」が第一であり、「もの」は第二という考え方である。すなわち、リーダーシップが第一であり、マネジメントは第二となる。以下、効果性が第一、効率性は第二、ビジョンが第一、組織は第二、目的が第一、方法は第二である。
ほとんどの人は「勝つ(WIN)ということは相手が負けることである」という先入観を持っている。しかし「勝つ(WIN)」ことは、必ずしも相手が負けることだけを意味しているわけではない。相手に勝つ(WIN)のではなく、自分の目的を達成(WIN)するということも意味しているのである。そこに考えが至れば、競争するよりも協力し合った方がより多くの目的を達成(WIN)できるということも理解できるだろう。
誰もが皆、何とか安心感を得ようと、狂わんばかりに忙しく立ち回って、組織における自分の立場を保とうとしていました。その根底にあるパラダイムは、「もし業績が悪化しても私は解雇されるはずがない。なぜなら私は最も多忙であり、最も勤勉であり、みんなそれを知っているからである」というものでした。
皆に十分権限が与えられている信頼度の高い環境の中にいられれば、それはすばらしいことである。しかし現実はなかなかそうはならない。多くの組織には、規則や約款や形式主義が氾濫している。方向性は統一されておらず、システムとシステムがぶつかり合っている。権限の範囲は狭く、仕事以外のことから満足感を得ており、仕事をしている時間の多くを第三領域(政治工作・陰口・叱責・責任追及・罪の告白など)に費やしている。職場にたむろしてお互いの傷をなめ合っているだけなのだ。
私たちは、実際には他人を「エンパワー」することはできない。できるのは、エンパワーメントの条件を満たすことによって、人が四つの独特な能力を使えるような環境を作り出していくことだ。
エンパワーメントの本質は信頼性(人格と能力)である。人格とは、私たちの「人となり」のことであり、能力とは、私たちが「できること」である。信頼性を高めるには人格も能力もともに必要となる。
信頼はすべてのものをくっつける「接着剤」である。
繰り返すが、信頼は信頼性から生まれてくるものである。だから、信頼を生み出すためにできる最大にことは、約束を守り自分自身の信頼性を高めることである。
多くの組織は「三百六十度のフィードバック」を得ているわけではない。彼らは数字(損得勘定)にのみ焦点を合わせているのである。数字は、短期における厳然たるデータであるが、そのようなデータは、情報システムとしては不完全である。なぜなら「人」を扱っていないからだ。また、扱おうともしていない。それは「人の活動や費用」を記録しているかもしれないが、「人の心・力・能力」については何も言及していない。数字の損得だけで判断してしまう「実利的な考え方」を作り上げてしまい、数字では計れない重要な要素(例えば、人材開発、品質改善、システム、長期投資、チーム精神、信頼度の高い環境など)を無視する形で組織を動かしてしまうのだ。
信頼度の高い環境では、まじめに働いた結果犯したミスは、「学習するための機会」として捉えられる。もしあなたが何かに失敗したときは、その原因を考えてほしい。そして話し合うことである。その経験から何が学べるか考え、一歩前進することである。そこで働く人々が失敗に対するリスクを恐れているとすれば、組織にとってそれはWINとはならない。人は、失敗が許されないとき、厳密な意味で自分をコントロールすることはできないからだ。
あなたの職場環境には、ほかには真似できない強みがあるはずだ。技術は真似できる。情報は得られる。資本は買うことができる。しかし、「組織集団として働く能力」「第二領域で働く能力」「重要事項を優先する能力」は、買ったり、移したり、植えつけたりすることはできない。信頼感にあふれ、エンパワーされた環境は常に自家製なのである。
原則中心の生き方は、それ自体が目的なのではない。それは、手段であると同時に目的なのである。それは、人生の旅路を決めるものであり、私たちが一日一日「重要事項」を成しとげようとしているいる間に経験する「力と安らぎ」となるものである。
原則中心の生き方を実践すれば、羅針盤の進路と目的地は一致する。
このように行動することで、システムを変えていくのである。単に仕事をこなすだけでなく、自分を含めた全員のために将来の時間を節約するのだ。信頼関係を結び、顧客のニーズに最も効果的な方法で応えるのである。
皆を巻き込み、一緒になって問題を解決することである。今後とも、問題を効果的に解決できる力をつけるためには、問題を解決する過程において人間関係を築いていくことである。
「私たちは、何が起こるか分からないこともあって、将来の計画を数多くたてることは不可能だろう。しかし、正しい行動が要求される重大な局面において、どんな時でもそうした行動がとれるよう、心身ともに高潔に保つことはできるし、高い理想を持ち続けることは可能である。身に付いた習慣や常に抱いている考え方に反する行動を、その時になっていきなり実行できる人などいないのだ。」(ジョシュア・L・チェンバレン)
意識しているいないにかかわらず、多くの人は一日が計画通りに進むことを期待している。だから、予期しなかった問題が生じたときや、誰かが予期しなかったことを求めてきたとき、フラストレーションを感じるのである。つまり気品的に「人」を「邪魔者」として見ており、「変化」を「敵」として見ているのだ。ここでいう安らぎと幸福に基準は、「一日をうまく過ごせるかどうか」「日課としてリストしたものがすべてチェックできるかどうか」という点にかかっている。
しかし、期待を変えてみたらどうなるだろうか。一日一日を、刺激的な新しい冒険だと考えたらどうなるだろうか。冒険とはいえ道路地図だけでなく、地図のないところも移動できるよう羅針盤も準備されている。他人を助けるための機会として問題を考えてみたり、自分の最優先課題に挑戦できる機会を楽しんだりするとき、羅針盤が「最良」の道を教えてくれるはずだ。一日を通して重要事項を優先したかどうかに安らぎと幸福がかかっているとしたらどうだろうか。そうした冒険に期待することは、その日の現実の生活にどのような影響力の違いをもたらすであろうか。
「プライドは精神的ながん細胞である。それは、愛情を歪め、満足感や常識すらも食いつくしてしまうものである。」(C・S・ルイス)
プライドの毒を溶かしてくれるのは「謙虚さ」である。私たちは孤島に住んでいるのではないということを悟る謙虚さ、自分の生活は他人の生活と切っても切り離せないようにつながっているということを悟る謙虚さを持つことだ。自分自身が今まで囚われていた競争心や、さまざまな慣習に縛られないことだ。原則の価値を認めれば認めるほど、より大きな心の安らぎが得られることが分かるだろう。

1月 10, 2008 -    コメントは受け付けていません。

7つの習慣 最優先事項(その2)

「超越的ビジョンの力」は、心に染みついている脚本(道筋・動機づけ・先入観など)よりもはるかに強力であり、そのビジョンを達成する過程で、そうした考えを服従させ、覆い隠してしまう。
個人から生まれたビジョンは、やがて個人を超越し「共有のビジョン」となる。そのエネルギーは、人々に、「非常に多くの時間とエネルギーを消費し、生活の質を損なう否定的な作用」を払拭する力を与えてくれる。
強力なミッション・ステートメントの特徴
(1)心の最深かつ最良のものを表している。内面生活としっかり結びついている。
(2)独自の才能を発揮できるようになっている。
(3)自らの利害関係を超えたものになっている。
(4)人間の4つの基本的な(肉体的、社会・情緒的、知的、精神的)ニーズと独特な能力(自覚・良心・自由意志・想像力)のすべてに関わっている。
(5)質の高い生活を生み出す原則に基づいている。目的も手段も「真北の原則」に基づいている。
(6)「ビジョン」と「原則に基づいた価値観」の双方と関わっている。・・・強力なミッション・ステートメントには性格の要素(どんな人になりたいか)と能力の要素(どんなことを成しとげたいか)が必要である。
(7)人生の重要な役割のすべてに関わっている。「個人」「家族」「仕事」「地域社会」のそれぞれの役割のバランスが取れるようになっている。
(8)他人に印象づけるためではなく、自分を奮い立たせるために書かれている。心の底から鼓舞される内容になっている。
強力なミッション・ステートメントを作り、それに従って生きれば、時間の使い方が劇的に変わる。時間管理について考えるとき、方向性よりもスピードについて心配するのはバカげている。数分の努力を惜しんで、何年という長い年月を無駄にするようなものである。
ビジョンは、人生のすべてを動かす基本的な力である。それは、自分にしかできないことを教えてくれるものである。それは、重要事項を優先する能力(時計よりも羅針盤を優先し、スケジュールや「もの」よりも「人」を優先する能力)を与えてくれる。
そして、より大きな価値観を持って、生き、愛し、学んでいくうちに、自分が残せる最も重要な遺産とは「ビジョン」であることが分かる。子供たちが自分自身のことをどう思い、どのような夢を描くかは、私たちみんなの生活の質に多大な影響を及ぼすのである。
「自分の時間と才能を他人と惜しみなく分かち合う」
責任から逃れることはできない。私たちが行うことはいずれにせよ周囲に影響が及ぶのである。自分の人生は自分に責任がある。自分の持っているもの(お金・所有物・才能・時間)で何をしようとも、後世に生きる人々に遺産を残すことになる。私たちは、自分の脚本(先入観)がどんなものであれ、自分独自の能力を使い、自分が望んでいる責任行動を選ぶことができる。次の世代に、借金、資源の枯渇、幻想、自己中心的な考え方、虐待といったものを残すべきではない。健全な環境、人々に愛されてきた物、責任感を大切にする考え方、原則中心の価値観・貢献のためのビジョンなどを遺産として残すことができる。そうすることによって、現在だけでなく将来の生活の質も高めることができる。
「性格を鍛えること」は「体を鍛えること」に似ている。試練が訪れたとき、もし力がなければ、どんなに取り繕っても力がないことをごまかすことはできない。大胆な目標を設定するにはそれに応じた力が必要である。慢性的な問題に、応急処置をするのではなく真っ向から取り組むには、それなりの力が必要である。みんなが反対しているのに自分の信念を貫くにも、それなりの力が必要である。
私たちは、目標を設定するために「想像力」を使い、それを実行するために「自由意志」を使うのである。
「想像力」と「自由意志」には驚異的な力がある。「自由意志」の力によって決断力が持て、「想像力」の力によって意識が変わるのである。しかし、それは私たちが持つ力のほんの一部にすぎない。
私たちは、目標を設定するとき、他の二つの能力を無視してしまいがちである。
・「良心」とは—目標と、ミッション・原則・ニーズとを深く結びつけているものである。
・「自覚」とは—自分の能力と「信頼口座」とのバランスを的確にとらえているものである。
自分に負けそうになったとき、持続力を与えてくれるのは「目的意識(なぜ)」なのである。心の奥のより深い「イエス」が燃えていれば、諦めの気持ちに対して「ノー」と言えるのだ。
「コントロール」というパラダイムで見るか「リリース」というパラダイムで見るかは、他人を見る見方を反映していることが多い。もし「コントロール」の見方をすれば、何かを成しとげるには自分たちを厳しく管理しなければならないと思うだろう。もし「リリース」の見方をすれば、リーダーシップとしての主な仕事は、内的な能力を開放するのに最適な状況を作り出すことだと思うだろう。目標設定の際、「頑張り通す」「厳しく鍛える」「どんなことをしても実行する」という考え方の「自由意志」に焦点が合わせられていれば、その考え方は、基本的なパラダイムが「コントロール」であることを物語っている。
多くの企業は、あまりに経済的次元や肉体的次元に焦点を合わせすぎているため、めったに深い動機を引き出すことはない。企業が、社会的ニーズ・知的ニーズ・精神的ニーズを認識したり、取り組んだりすることはない。したがって、従業員が心の中で感じていること(愛するためのニーズ、学ぶためのニーズ、崇高な目的のために生きるニーズ)と企業側の考えとが結びつくことはない。しかし、従業員の求めているものこそがエネルギー・創造性・忠誠心の源となっていくのである。
正しいことを正しい理由のもとに、正しい方法で行うことが、質の高い生活を送るための秘訣である。それは、ビジョンとミッションと「真北の原則」とを一致させることのできる、鍛えられた「良心」を通してのみ実行可能なことである。
誠実さとは、どんなことがあっても目標にしがみつくことではない。それは、選択の瞬間にミッションに基づいた行動をとることである。
「原則に基づいた目標」を設定するには、人間の持つ四つの独特な能力すべてを相乗効果的に使うことが必要となる。
・良心を通して、自分と「ビジョンが発するエネルギー」「ミッション」「原則」とを結びつける。
・創造力を用いて、目標を達成すための相乗効果的・創造的な方法をイメージする。
・自覚によって、現実的な目標を設定する。
・自由意志を用いて、意義のある選択をし、それを実行に移す。約束したことは誠実さをもって必ず実行する。
効果的な「週単位の目標」の五つの特徴
(1)良心に従っている
(2)第二領域に含まれる事柄が多い
(3)人間として基本的なニーズと能力を反映している
(4)「集中の輪」の中にある—「集中の輪」とは、関心があり、影響を及ぼすことができ、自分のミッションに合致している事柄のことである。
(5)「決意」と「専念」のどちらなのかがはっきりしている
第二領域時間管理とは、スケジュールに優先順位をつけることではなく、優先課題をスケジュールに入れることである。時間帯のすべてをスケジュールで満たすことではなく、「大きな石(優先事項)」を先に入れ、それから必要に応じて「砂利」や「砂」や「水」を入れることである。
容器をいっぱいに満たすことが目的ではない。目的は、まず最初に「大きな石」を入れ、あとで良心に従って変更することもできるように少し隙間を空けておくことである。
どの週も、どの日も、どの瞬間も、未知の領域であり、すでに過ぎ去った時間ではない。私たちは、落下傘で未知の領域に降下していくのである。自分が作った道路地図は役には立つものの、効果的に車を運転できるかどうかはほとんど自分自身の羅針盤にかかっており、いかなるときにも「真北」に合わせることを可能にする四つの能力が試される。だから、第二領域時間管理の目的は、「選択の瞬間に誠実になれる力を身につけること」なのである。そうすれば、どんなに寄り道をしようが、新たにどんな道が造られようが、自分の羅針盤を頼りに自分の進むべき道が見えてくる。
「私たち強制収容所に入れられていた者は、最後のパンを人に譲って、他人を慰めながら歩き回っていた男たちのことを覚えています。そのような人たちはごく少数でしたが、それでも、そのような人がいるということは、『人間には奪うことのできないものが一つある』という十分な証拠になります。その『奪うことのできない唯一のもの』とは、人間の持つ自主性(ある状況に置かれたとき、自分独自の態度を選択する自由)です。
選択の自由は常にあるのです。毎日、毎時間、選択の機会が存在しています。あなたの自主性(心の自由)を奪うような高圧的な力が立ちはだかったとしても、それに屈するか屈しないかはすべてあなたの選択になるのです。もし屈してしまえば、あなたはもう周囲の状況に左右される人間になってしまうのです。」(ビクター・フランクル)
第二領域時間管理の重要な目的は、物事に対して反応的(被害者意識を持ち、感情的)にならず、誠実に行動する力を高めることである。そのために私たちは、個人のミッション・ステートメントを作ったり、週間計画を立てることによって実践していくのだ。計画を立てるとき、私たちは、原則・ニーズ・能力に基づき主体性をもって決定するためにも、反応的になってはならない。
私たちは、毎日の出来事、瞬間瞬間の出来事に対して、刺激と反応の間のスペースで立ち止まることにより、誠実に実行する能力を高めることができる。自分に対して素直な気持ちで、(1)意図をもって尋ね、(2)言い訳をせずに聴き、(3)勇気をもって行動する、という人間の独特の能力を使えば、誠実さが生まれてくるのだ。

1月 7, 2008 -    コメントは受け付けていません。

7つの習慣 最優先事項

firstthingsfirst.jpgスティーブン・R・コヴィー
A・ロジャー・メリル
レベッカ・R・メリル
宮崎伸治/訳
キングベアー出版(2000)
「7つの習慣」のコヴィーの2作目です。「7つの習慣」のうちの「第三の習慣(重要事項を優先する)」を掘り下げたものです。テクニックではなく「原則」に則った考え方は、現代のほとんどのビジネス書が1-2年で消えていくのに対し、10年、20年と読み継がれるであろうと確信します。まだ全部は読んでいないのですが、「農場の法則」には特に共感しました。
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従来の時間管理は、「物事を効率的に行っていれば、いずれ人生をコントロールできるようになる。そして、コントロールできるようになればなるほど、安定感と充実感が得られる」というものでした。
私たちはこの意見に賛同できません。
何もかもコントロールできる能力を身につけて幸せになろうとしても無駄なことです。自分の行動を選択することはコントロールできても、自分の行動から生じる結果は、自分ではコントロールできません。なぜなら、それをコントロールするのは「原則」だからです。
自分の人生をコントロールするのは自分ではなく、「原則」なのです。
本書では、従来とはかなり違った時間管理法を紹介します。それは原則中心のアプローチであり、従来の「より速く」「より懸命に」「より機敏に」「より多く」という方法を超えるものです。この方法は、あなたに新しい時計ではなく、羅針盤を与えます。なぜなら、いかに速くやるかよりも、何をどうするかの方向性の方が大切だからです。
自分がどのようにして重要事項を優先しようとしているかは、自分が二つの強力なツール(時計と羅針盤)をどのように使っているかを考えてみればわかる。
「時計」とは、時間をどのように使い、管理するかを表す「約束・予約・スケジュール・目標・活動」のことである。「羅針盤」とは、自分の人生をどう生きていくかといったことを表す「ビジョン・価値観・原則・ミッション・良心・方向性」のことである。
時計と羅針盤の間にギャップがあること(自分がやっていることが、自分の重要事項に役立っていないこと)を強く感じた時に葛藤は生じる。
皆いつも忙しくしていたいのである。忙しいほど価値のある人間であるという考え方が当たり前となり、忙しいことは今や一種のステイタスとなっている。忙しくないことに恥ずかしさを感じ、誰もが忙しさを求め、忙しくすることで安心感を得ているのである。忙しさは心の防衛手段でもあるのだ。またそれは、重要事項を実行できない格好の言い訳にもなっている。
「緊急度」そのものが問題なのではない。問題なのは、「重要度」に代わって「緊急度」が生活を支配する要因になることであり、緊急なことをすることが「重要事項」になってしまうことである。
「私は、難しくなってしまった問題には手を触れません。難しくなる前の簡単なことに取り組むのです。」(オリバー・ウェンデル・ホームズ)
人間としての「四つのニーズ」の満たし方
ニーズの本質は、「生きること、愛すること、学ぶこと、貢献すること」という言葉で表すことができる。生きるニーズとは、肉体的ニーズ(衣食住・お金・健康など)である。愛するニーズとは、他人と接し、帰属し、愛し愛されるための社会・情緒的ニーズである。学ぶニーズとは、成長したいという知的ニーズである。貢献するニーズとは、意義を持ち、目的を持ち、社会や人のために役に立ちたいという精神的ニーズである。
マネジメントは問題志向(問題のあるものや人自体を重視する考え方)だが、リーダーシップは機会志向(問題が何と関連しているのか、その結びつきの機会を重視する考え方)である。
現代心理学の父の一人、アブラハム・マズローは「欲求の階層」を考え出し、人間の最も高度な欲求を「自己実現」とした。しかし彼は後年、理論を改め、最も高度な欲求は「自己実現」ではなく、「自己超越」(自己よりも高次の目的のために生きること)であるとした。
「原則」の力は、時代を超えた普遍的な真実である。もし、原則を理解し、原則に基づいた人生を歩めば、どこにでも応用できるだろう。方法ではなく、「原則」を子供に教えれば(あるいは方法を支えている原則を教えれば)、その子は将来どんな問題が生じても対処できるようになる。方法だけを理解することは、その場の要求(難題)に対応することだが、原則を理解することは、その場の要求(難題)により効果的に対応するだけでなく、将来起こりうる何千もの難題をも対処可能にさせてくれるのである。
何がこの世を支配しているかを理解するには、「農場の法則」を考えてみればよい。農場においては、「自然の法則」が農作業と収穫を支配していることが容易に理解できる。だが、企業においては、プロセスを飛ばしたり、システムをごまかしたりしても成功することがある。そして、目的さえ達成すればそうしたやり方でもいいのだ、と思わせることが多々ある。
例えば、学生時代に「一夜漬け」の勉強をしたことはないだろうか。ふだんは勉強せず、試験の前日に徹夜で知識を詰め込もうとしたことはないだろうか。
農場で「一夜漬け」ができるだろうか。春に田植えをせず、夏の間は放っておいて、秋にすべてのこと(土を掘り起こし、種を蒔き、水をやり、除草することなど)を一夜ですませることができるだろうか。
農場のような「大自然のシステム」には「一夜漬け」は通用しない。そこに「社会システム」と「大自然のシステム」の大きな違いがある。「社会システム」は価値観に基づいているが、「大自然のシステム」は原則に基づいている。短期的には、「社会のシステム」では「一夜漬け」が通用しそうに思える。応急処置やテクニックで成功を収めることができそうに思える。
しかし、長い目で見れば、「農場の法則」が人生のすべてを支配するのである。どれだけ多くの人が、学生時代に「一夜漬け」をしなければよかったと後悔しているだろうか。学位だけは取っても、それだけの教養が身についていない人は、いずれ「学校のシステム」における成功と、本当の自己啓発(分析力・創造力・想像力・伝達能力・表現能力・問題解決能力を身につけること)とは違う、ということに気づくだろう。
刺激と反応のスペースに存在する自覚・良心・自由意志・想像力という四つの独特な能力が、人間としての自主性(選択肢、反応し、変化する力)を作りだす。これらの能力が羅針盤を形成するのである。
学び、聴き、反応することで「良心」を養う
「良心に従わないでいると、良心とは何かが分からなくなる」(C・S・ルイス)
約束を守ることで「自由意志」を育てる
イメージ化によって「想像力」を開発する

1月 4, 2008 -    コメントは受け付けていません。

ビジョナリー・カンパニー(2) 飛躍の法則(その2)

ある第五水準の指導者はこう語っている。「いつか自宅のベランダから世界有数の偉大な企業の本社をながめて、以前はあそこで働いていたんだと言えるようになりたい」
これに対して比較対象企業の経営者は、偉大な経営者だとの世評を集めるのに熱心で、自分が引退した後に会社が成功を収められるようにはしていない場合が少なくない。自分が去った後に会社が転落していくことほど、自分の偉大さを示すものはあるだろうか。
比較対象企業の四分の三以上の経営者は、後継者が失敗する状況を作り出すか、力が弱い人物を後継者に選ぶかしており、両方に当てはまる経営者もいた。
第五水準の指導者は成功を収めた時は窓の外を見て、成功をもたらした要因を見つけ出す(具体的な人物や出来事が見つからない場合には、幸運をもちだす)。結果が悪かったときは鏡を見て、自分に責任があると考える(運が悪かったからだとは考えない)。
「会社をどこに導くべきかは分からない。しかし、適切な人材を集め、的を得た質問をして徹底的に議論していけば、偉大な企業に飛躍する道を必ず見つけ出せる」
どの企業も、成長を狙う適切な人材を集められるよりも速いペースで売上高を増やしつづけながら、偉大な企業になることはできない。売上高の伸び率がつねに適切な人材の数の伸び率より高ければ、偉大な企業を築くことはできない。
「時間を十分にかけて、はじめからAクラス上位の人を厳格に選ぼう。人選が正しければ、その人物が長くつとめてくれるように、できるかぎりのことをしよう。人選が間違っていれば、間違いを認めて、われわれは自分たちの仕事を続けられるようにし、相手も自分の人生を追及できるようにしよう」
最高の人材は最高の機会の追及にあて、最大の問題の解決にはあてない
答えではなく、質問によって指導する
ウルツェルは典型だが、飛躍を導いた指導者はみな、ソクラテスのような方法を使っている。さらに、質問するのは、ひとつの理由、たったひとつの理由からである。理解するためなのだ。相手を誘導するために質問を使うことはないし(「この点で私の意見に賛成できないのかね」とは質問しない)、誰かを非難したり黙らせたりするために質問することはない(「どうしてこれに失敗したんだ」とは聞かない)。転換期の経営陣について当時の経営幹部に質問すると、時間のかなりの部分を「理解しようと努力する」に費やしたという答えが多かった。
偉大な実績に飛躍した企業が比較対象企業より、情報の量が多かったか、質が高かったことを示す事実は見つからなかった。そういう事実は全くなかったのだ。どちらの種類の企業も、良質の情報を同じように入手できた。したがって、カギは情報の質にはない。入手した情報を無視できない情報に変えられるかどうかがカギである。
スコット・ペーパーと、キンバリー・クラークがプロクター&ギャンブルに正反対の対応を見せた事実から、われわれは決定的な点を学ぶことができた。厳しい現実に直面したとき、偉大な企業は強くなり士気が高くなっているのであって、弱くなったり士気が落ちたりはしていない。厳しい現実を真っ向から見据えて、「われわれは決して諦めない。決して降伏しない。時間がかかるとしても、必ず勝つ方法を見つけ出す」と宣言すれば、気分は高揚する。
ストックデールの逆説
どれほどの困難にぶつかっても、最後には必ず勝つという確信を失ってはならない。
そして同時に
それがどんなものであれ、自分が置かれている現実の中で最も厳しい事実を直視しなければならない。
従業員や幹部の動機付けに努力するのは、時間の無駄である。本当の問題は「どうすれば従業員の意欲を引き出せるか」ではない。適正な人たちがバスに乗っていれば、全員が意欲をもっている。問題は、人々の意欲を挫かないようにするにはどうすればいいかである。そして、厳しい現実を無視するのは、やる気を無くさせる行動の中でも特に打撃が大きい。
針鼠の概念は、最高を目指すことではないし、最高になるための戦略でもないし、最高になる意思でもないし、最高になるための計画でもない。最高になれる部分はどこかについての理解なのだ。この違いは、まさに決定的である。
「自由は全体の一部でしかなく、真実の半分でしかない。・・・だからこそわたしは、東海岸の自由の女神像に対して、西海岸に責任の女神像を建てるべきだと主張している。」(ビクトール・E・フランクル)
偉大な実績に飛躍した企業は、はっきりした制約のある一貫したシステムを構築しているが、同時に、このシステムの枠組みの中で、従業員に自由と責任を与えている。みずから規律を守るので管理の必要のない人たちを雇い、人間ではなく、システムを管理している。
「ほとんどの人は考えるくらいなら死んだ方がいいと思っている。そして、死んで行く人が多い。」(バートランド・ラッセル)
技術は適切に利用すれば業績の勢いの促進剤になるが、勢いを作りだすわけではない。偉大な業績に飛躍した企業が、先駆的な技術の利用によって転換をはじめたケースはない。理由は簡単だ。技術をうまく活用するにはまず、どの技術が自社にとって重要なのかを判断できなければならないからだ。ではどのような技術が重要なのか。針鼠の概念の三つの円が重なる部分に直接に関係する技術、重要なのはそういう技術だけである。
偉大さへの飛躍を遂げた企業はあきらかに、信じがたいほど意欲を引き出し、力を結集させ、変化を見事に管理してきた。しかし、その点を考えるのに、あまり時間を費やしていない。まったく自明の点だったのだ。条件がうまく整えば、意欲や力の結集や動機付けや改革への支持は問題ではなくなる。これらの点は自然に解決する。
この本(GTG)は『ビジョナリー・カンパニー』の続編ではなく、逆に前篇なのだと私は考えるようになっている。GTGで扱った方法を適用して、ベンチャー企業や既存企業を持続できる企業にする。つぎに『ビジョナリー・カンパニー』で紹介した方法を適用して、偉大な企業が偉大さを永続できるようにする。
永続する偉大な企業は、株主に収益を提供するだけのために事業を行っているわけではない。本当の意味で偉大な企業にとって、利益とキャッシュフローは健全な体にとっての血と水のようなものである。生きていくには必要不可欠なものだが、生きていく目的ではない。
どのような基本的価値観をもっているかではなく、基本的価値観を持っているのかどうか、基本的価値観が社内で知られているか、基本的価値観を組織に組み入れているか、長期にわたって基本的価値観を維持しているのかが問題なのだ。
『ビジョナリー・カンパニー』の4つの基本的な概念
時を告げるのではなく、時計を作る
経営者の何回もの世代交代、いくつもの製品サイクルを通じて継承し、環境の変化に適応できる組織を作り上げる。ひとりの偉大な指導者や、ひとつの偉大なアイデアを中心に企業を作るのとは正反対の考えである。
ANDの才能
いくつもの側面で両極にあるものをどちらも追及する。「AかBか」を選ぶのではなく、「AとBの両方」を実現する方法を考える。目的と利益、持続性と変化、自由と責任などである。
基本理念
基本的価値観(組織にとって不可欠で不変の主義)と基本的目的(単なる金儲けを超えた会社の根本的な存在理由)を徹底させ、長期にわたって意思決定を導く原則とし、組織全体が力を奮い立たせる原則にする。
基本理念を維持し、進歩を促す
基本理念をゆるぎない土台にするとともに、基本理念以外のすべての点では変化、改善、革新、若返りを促す。慣行や戦略は変えていくが、基本的価値観と目的は維持する。基本理念に一致するBHAGを設定し、達成する。
BHGA(社運をかけた大胆な目標 Big Hairy Audacious Goals)は、きわめて大きく、むずかしい目標である。未登頂の高山のようなもの、明確で魅力的であり、従業員がただちに理解できる目標である。
悪いBHGAは虚勢によって設定されたものであり、良いBHGAは理解によって設定されたものである。

1月 4, 2008 -    コメントは受け付けていません。

ビジョナリー・カンパニー(2) 飛躍の法則

goodtogreat.jpgジェームズ・C・コリンズ
山岡洋一 訳
日経BP社(2001)
・著名で派手なリーダーが社外から乗り込んできたことは、偉大な企業への飛躍との相関関係マイナスになっている。飛躍をもたらした十一人のCEOのうち十人は内部昇格であった。これに対して比較対象企業では、外部からCEOを招聘する頻度が六倍も高かった。
・経営陣の報酬の形態と飛躍の間には、一貫した関係は見つからなかった。経営陣の報酬の構造が企業の業績を向上させるカギとなるとの見方があるが、この見方を裏付ける事実はなかった。
・戦略を確立していること自体では、飛躍企業と比較対象企業との違いをもたらす要因ではなかった。どちらの企業もしっかりした戦略を持っていた。そして、比較企業と比べて、飛躍した企業が長期経営戦略の策定に長い時間をかけたことを示す事実はなかった。
・飛躍した企業は、偉大になるために「なすべきこと」に関心を集中させたわけではなかった。それと変わらぬほど、「してはならないこと」と「止めるべきこと」を重視している。
・技術革新とそれによる変化は、偉大な企業への飛躍を促す点でほとんど何の役割も果たしていなかった。技術は飛躍を加速する役割を果たすことが出来るが、飛躍をもたらすことはできない。
・合併と買収(M&A)は、飛躍をもたらす点でほとんど何の役割も果たしていなかった。凡庸な大企業二社が合併しても、偉大な企業になることはない。
・飛躍した企業は変化の管理、従業員の動機付け、力の結集にはほとんど注意を払っていなかった。条件が整っていれば、士気、力の結集、動機付け、変化といった問題はほぼ消滅する。
・飛躍した企業は、飛躍への動きに名前をつけておらず、標語も作っておらず、開始にあたって派手な式典を開いてもおらず、計画や制度も作っていなかった。その時点にはここまで大きな変化だとは気付かなかったと語った経営幹部もいる。後になって振り返ってみてはじめて、飛躍の大きさに気づいたのだという。実績の面では確かに、革命とも言えるほどの飛躍を達成しているが、革命的な方法を使ったわけではない。
・飛躍した企業は、たいていは偉大な産業で事業を展開しているわけではない。全く冴えない産業に属している企業もある。どの企業も、産業が勢いよく成長したときにたまたまその先頭にいたわけではない。偉大さは事業環境によって生み出されたわけではない。大部分、意識的な選択の結果だったのである。
偉大な企業への変化の過程を、準備とその後の突破の過程と考え、全体を三つの大きな段階に分けて考える。規律ある人材、規律ある考え、規律ある行動の三段階である。
第五水準のリーダーシップ
最初に人を選び、その後に目標を選ぶ
「人材こそがもっとも重要な資産だ」という格言は間違っていた。人材が最重要な資産なのではない。適切な人材こそがもっとも重要な資産なのだ。
厳しい現実を直視する(だが、勝利への確信を失わない)
偉大な企業への道筋を探し出すのに何が必要かについて、企業戦略を論じた本の大半よりも、捕虜になって生き残った人たちのほうが学べることが多いことにわれわれは気づいた。こうして学んだ点を「ストックデールの逆説」とわれわれは呼ぶようになったが、偉大な企業はいずれも、同じ逆説を信奉していた。その逆説とはこうだ。どんな困難にぶつかろうとも、最後には必ず勝てるし、勝つのだという確信が確固としていなければならない。だが同時に、それがどんなものであろうとも、きわめて厳しい現実を直視する確固たる姿勢をもっていなければならない。
針鼠の概念(三つの円の中の単純さ)
偉大な企業に飛躍するには、「能力の罠」から脱却しなければならない。中核事業だからといって、何年か何十年かにわたってそれに従事してきたからといって、それに関する能力が世界でもっとも高いとは限らない。そして中核事業で世界一になれないのであれば、中核事業が飛躍の基礎のなることは絶対にありえない。三つの円(情熱をもって取り組めるもの、自社が世界一になれる部分、経済的原動力になるもの)が重なる部分に関する深い理解に基づいて、中核事業に代わる単純な概念を確立すべきだ。
規律の文化
どの企業にも文化があり、一部の企業には規律がある。しかし、規律の文化を持つ企業はきわめて少ない。規律ある人材に恵まれていれば、階層組織は不要になる。規律ある考えが浸透していれば、官僚組織は不要になる。規律ある行動がとられていれば、過剰な管理は不要になる。規律の文化と起業家の精神を組み合わせれば、偉大業績を生み出す魔法の妙薬になる。
促進剤としての技術
飛躍した企業は、技術の役割についての見方が、一般とは違っている。変化を起こす主要な手段としては使っていない。その一方で逆説的なことに、慎重に選んだ技術の適用に関しては、先駆者になっている。偉大な企業への飛躍にしろ、没落にしろ、技術そのものが主要な原因になることはないのだ。
弾み車と悪循環
革命や、劇的な改革や、痛みを伴う大リストラに取り組む指導者は、ほぼ例外なく偉大な企業への飛躍を達成できない。偉大な企業への飛躍は、結果を見ればどれほど劇的なものであっても、一挙に達成されることはない。たったひとつの決定的な行動もなければ、壮大な計画もなければ、起死回生の技術革新もなければ、一回限りの幸運もなければ、奇跡の瞬間もない。逆に、巨大で重い弾み車を一つの方向に回し続けているのに似ている。ひたすら回し続けていると、少しずつ勢いがついていき、やがて考えられないほど回転が速くなる。

1月 3, 2008 -    コメントは受け付けていません。

7つの習慣(その2)

ピーター・ドラッカーの言葉でまとめれば、「大きな成果を出す人は、問題に集中しているのではなく、機会に集中している」ということである。彼らは機会に時間という餌を与え、問題を餓死させようとするのだ。彼らは予防的に物事を考えるのである。
最も優先すべきことが何なのか、しっかりと決めておかなければならない。そして、気持ちよく、笑顔で、率直に、それ以外のことに対して「ノー」と言う勇気を持つ必要があるのだ。ためらうことなく、「ノー」と言えるようになる秘訣は、自分の中でもっと強い、燃えるような大きな「イエス」を持つことである。小事に振り回されてはならない。「最良」の敵は「良い」なのだ。
信頼は人間にとって究極の動機づけである。それは人の最善の姿を引き出すものである。しかし、それには時間と忍耐が必要だ。そして、人はその信頼にこたえられるレベルまで能力を引き上げるための訓練が、必要になることもある。
人間関係づくりに最も大切な要素は、私たちが何を言うか、何をするかということではなく、私たちはどういう人間であるのかということである。そして、私たちの言葉や行動が自らの中心(人格主義)からではなく、上辺だけのテクニック(個性主義)に起因するものであれば、人は私たちの二面性を感じとることだろう。そういうやり方では、効果的な相互依存関係をつくり上げ、維持するための土台は絶対にできない。
人間関係に大きな力を発揮するテクニックが本当にあるとすれば、それは真に自立した人格から自然にあふれ出るものでなければならない。だから、関係を築き始めるべきところはまず自分の内面であり、自分の影響の輪の中であり、自分の人格を育てることである。自立するにつれて–主体的になり、正しい原則を生活の中心におき、価値観に基づいて誠実に優先課題を計画し、それを実行する力を育成するにつれて–相互依存を選び、充実した、継続的で生産的な人間関係を築くことができるようになる。
「大衆の救いのために勤勉に働くより、ひとりの人のために全身を捧げる方が気高いのである」(ダグ・ハマーショルド)
P(目標達成)の問題はPC(目標達成能力)の機会である
相互依存状態において、Win-Win以外は、低次元の選択であり、長期においてはお互いの関係に悪影響を及ぼすことになるだろう。その影響からもたらされる弊害を考慮しなければならない。本当のWin-Winを達成することができなければ、No Dealを選ぶ方が適当である。
Win-Winの実行協定をつくるには、基礎的なパラダイム転換が要求される。なぜなら、Win-Winの焦点は、手段ではなく結果にあるからである。しかし、ほとんどの人は、手段を管理する習慣を身につけてしまっている。
Win-Winの結果を望んでいる人や組織に対しては、次の四ステップのプロセスを勧めている。
1.問題を相手の立場から見る。本当に相手を理解するように努め、相手と同じくらい、あるいはそれ以上に、相手のニーズや心配・関心事を表現する。
2.対処しなければならない課題と心配事(立場ではない)を明確にする。
3.完全に納得できる解決には、どういう結果を確保しなければならないかを明確にする。
4.その結果を達成するための新しい案や選択肢を打ち出す。
私たちは、急いで問題の中に飛び込んで、何かのアドバイスで問題を解決しようとする傾向がきわめて強い。しかも、多くの場合、診断する、あるいは問題を深く理解する時間をとることを忘れてしまっている。
人間関係について私が今まで学んだもっとも大切な教訓を要約すれば、それは「まず相手を理解するように努め、その後で、自分を理解してもらうようにしなさい」ということである。この原則が、人間関係における効果的なコミュニケーションの鍵なのである。
「理解してから理解される」ことは、大きなパラダイム転換が必要である。話をしているとき、ほとんどの人は、理解しようとして聞いているのではなく、答えようとして聞いているのだ。話しているか、話す準備をしているか、二つにひとつである。
優秀な営業マンは、まず顧客のニーズや関心、あるいは状況を理解しようとする。つまり、素人は商品を売り、プロはニーズや問題に対する解決を売るのだ。これは全く異なるアプローチである。プロは診断し、理解する方法を学ぶ。人とのニーズと自分の持つ商品を結び付ける方法も学ぶ。そして、時と場合によっては、「私の商品やサービスは、あなたのニーズを満たさない」という誠実さを示さなければならない。
人は理解されたい。だから、理解することにどんなに大きな時間の投資をしても、必ずそれを上回る時間の回収ができる。なぜならそれは、問題と課題に対する正しい理解と、人が深く理解されていると感じるときに発生する信頼残高をもとに、物事を進めることができるからである。
まず理解することを求めよ。問題が起こる前に、評価したり処方したりする前に、自分の考えを打ち出そうとする前に、まず理解しようとする。それが相互依存の強力な習慣なのである。
真にお互いを深く理解するとき、創造的な解決や第三の扉が開かれる。お互いの相違点が、コミュニケーションや進歩wp妨げる障壁にならなくなる。逆にシナジー、相乗効果への踏み台になっていくに違いない。
運動をすることで得られる最大のメリットは、第一の習慣である主体性という精神的な筋肉を鍛えることだろう。運動を妨げる様々な外的要因に反応せず、健康を大切にする自分の価値観に基づいて反応するとき、自己パラダイム、自尊心、自信、誠実さなどは深く影響を受けるに違いない。
「人生の最大の闘いは、日々自らの魂の静けさの中で闘われるものである」(デイビッド・O・マッケイ)
「いつの日か、いや何年か先のことかもしれないが、あなたは大きな誘惑と格闘し、あるいは人生の深い悲しみの重荷を背負い、その重さに震えることがあるだろう。しかし、本当の闘いは”今”なのだ。どうしようもない悲しみや誘惑の日に立ち向かい惨めにもそれに敗北するか、あるいは栄光をもって勝利するか、それは今決まりつつある。人格は、地道な長期的プロセスによってしか、形成できないものだからである」(フィリップス・ブルークス)
「これこそ人生最大の喜びである–自らが偉大と認める目的のために働くことである。世界があなたを幸せにするために働いてくれないとつねに文句を言い続ける興奮した、わがままな病気と不平の小さな塊ではなく、自然のひとつの力になることである。私が思うには、私の人生はコミュニティー全体のものであり、命があらん限りそれに仕えることは私の特権である。私は死ぬ時に、ことごとく使われ果てていたいのだ。熱心に働けば働くほど私は生きるからである。人生を人生のために喜ぶ。人生は私にとって短いろうそくではない。それは今の瞬間にかかげる素晴らしい松明であり、次の世代にそれを渡すまで、できる限り赤々と燃やし続けたいのである」(ジョージ・バーナード・ショウ)
「奉仕とは、この地球に住む特権を得るための家賃である」(N・エルドン・タナー)
「現在の姿を見て接すれば、人は現在のままだろう。人のあるべき姿を見て接すれば、あるべき姿に成長していくだろう」(ゲーテ)
本当の安定は、財産を持つことではなく、財産をつくり出す能力を持つことである。つまり、外的なものではなく、内的なものなのである。
「良心の声はいかにもか細く、もみ消すことは簡単である。しかしその声はあまりにも明瞭で、聞き違えることはない」(スタール夫人)

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