8月 22, 2011 -    No Comments

「一日禅語」境野勝悟

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書店で偶然、手にとって、「結果自然に成る」にいたく共感した。そのとき、足踏みしている状態だったので。そうか、自分の時間を全部使って、考え得ることは全部やって、こんなに努力しても失敗したのは、運命か!西洋風の機能主義では、何か悪いところがあったから失敗したのであって、それを改善すればよいと言うことになるが、世の中、実は、そう単純ではない。本来、世の中は、不条理で不平等だ。その中で成功したかったら、成功するまで、努力し続けるしかない。あまりに失敗の原因を詮索するのは、もしかしたら百害あって一利なしかもしれない。そんなことを考えさせられた。この2ページだけのためでも読んだ価値があったと思った。

喫茶去「趙州は、『生きていく上で、肝心なことは、何でしょうか』という質問をされると、「お茶を飲んでいらっしゃい」といった。人生にとって、人の価値観とか主義の主張は、争いのもとになるだけだ。わたしたちが、もっと気にかけ、大事に思わなくてはいけないのは、お茶を飲んだり、コーヒーを飲んで、『ああ、おいしい』と、その美味がわかるときなのだ。」

結果自然に成る「いくら努力したって、明日の自分の人生が、どのように転んでいくのか、まったくわからない。いい結果を夢見る前に、いま、出来ることをやる。いまだ、いま汗を流して頑張ろう!結果は一切、運命だ。」

仏魔「禅は、いちばん尊いものを、外に求めない。禅は、あくまでも至高の価値は、あなた自身が、いま、生きているという現実になる。あなたが、もし、自分という生命の貴重な価値をなおざりにして、仏像ばかりを尊んでいたら、仏像は、あなたをまどわす魔物になる。」

清風明月「さわやかな風のような心。強欲のない清浄な月のような心という禅語だ。ただひたすら、毎日精一杯感謝して生活をしているような人には、必ず、手をさしのべてくれる人が出てくる。」

空華万行「花が咲かなくても、つまり、うまくいかなくても、次々に決心をかためて、何でもやってみる・・・ということだ。うまくいっても、いかなくても、そんなことは、ほんのちょっとの経験談だ。」

潜魚躍る「『潜魚』とは、水中の奥の方でコツコツ一匹だけで泳いでいる魚。その魚が泳ぎながら力をいっぱいつけて、水面から飛びあがって、空中に泳ぐ・・・。そして終に、龍となる。」

香衣に満つ「花が咲いている野原の道を、歩いて帰ってきた。おやっ、いつの間にか、花の香りが衣に満ちあふれているではないか。花の香りは、仏さまのお使いだといわれる。香りに包まれて、深く安息する。」

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